(アースダイバーツアー・イントロダクションはこちら
アースダイバーツアー当日の5月3日はゴールデンウィークらしい大変いい天気。
晴れてるけど暑すぎず、空気がからっと乾いて、新緑の間を吹き抜ける風が気持ち良かった!

住宅街の中にそびえ立つ大宮八幡宮鳥居。
改元直後ということで、こんな看板も。
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井の頭線の永福町駅から行くと、大宮八幡宮付属の保育園に沿った道から境内に入っていくことになるのですが、ここの保育園の建物の壁はトリックアートになってて面白い!
保育園の入り口のところにもかわいらしいトリックアートがあるので、行かれる方はぜひ見てみて下さい。
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境内の待ち合わせ場所にいた天海玉紀先生に声をかけて頂き、本日の資料をもらう。
そして15分後に八幡宮横の縄文時代の遺跡前に集合し、そこからアースダイバーツアースタート、だったのですが。
連休中ということもあり、八幡宮の境内では植木市にフリーマーケットなどさまざまなイベントが。
そんなのを覗いてみたり、お水を汲んでみたり(ツアー中の水分補給になりました)。
更に遺跡前へ行く道のすぐそばにある神楽殿では「古武術奉納大会」が行われており、剣道や古武術などをたしなむ人たちが集合。
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年配の男性の黒紋付の羽織に袴姿は渋くてカッコいいし、若い男性や女性が紺色の稽古着に紺袴なのも凛々しくてまた良い・・・、と見惚れて萌えて足が止まっていたら、他の参加者の皆さまはとっくに集合していたのでした!
しょっぱなからお待たせしてしまい、申し訳ありませんでしたー!

改めて玉紀先生からご挨拶、そして「アースダイバーツアー」についての説明が。
(このあたり、記憶で書いているので、実際の説明とは違います。詳しいことについては『アースダイバー』をお読み下さい)
・古代、東京の大部分は海の底であり、小高い丘に海岸線が複雑に入り組む地形だった
・その後、海面の高さが引き、小高い乾いた台地と、湿った低地(古代は海の底)になった
・この台地と低地の境目に神社仏閣、いわゆる「パワースポット」と呼ばれる場所が多い
・「サッ」の音は「境界」をあらわす、あの世とこの世の境目(崎、岬、坂、境など)
・小高い台地の神社の近くには縄文時代の遺跡が多い
この「神社と遺跡」は大宮八幡もそうだったし、代々木八幡も境内に縄文時代の遺跡がありますね。

ツアー参加者は玉紀先生とも初対面、という方から、講座でご一緒した記憶のある方、講座を受講したことのある先生まで。
出身も東京の人もいれば、もちろん関西など他地方の人も。
杉並地元!という方もいれば、出身は東京ではないけど現在阿佐ヶ谷在住の方、「このあたりで子育てして30年」なまついなつき先生まで、バラエティに富んでいました。

ツアー出発、まずは大宮八幡から善福寺川の方へ、坂を下って橋を渡るとそこは和田堀公園。
池の傍で、この「和田掘(ワダボリ)」という地名そもそもが、海に由来するのではないか、という話に。

内房から船に乗ってやってきた一族がこの地に住み着いたのでは、和田堀のワダはわだつみ(=海)のワダ?
大宮八幡の主神、八幡神は母子であらわされる、もともとは海の女神だったのではないか?


・・・玉紀先生がそんな説明をしている最中、私は背後の池に釘付けでした。
ちょっと遠くだけどよく見える場所で、カルガモ親子が水浴びを!
しかも子ガモが小さくてふわふわでかわいい!
初夏の日差しの中、水しぶきをあげてぴょこぴょこ動くカモたちのかわいさに見とれ、子ガモ小さいけどもっと良く見たい、ああっ、双眼鏡持ってくるんだった!(パワースポットツアーに?)
ふらふらと池に近づく私に玉紀先生が「どうかした?」と訊くので、「あの奥に、子ガモが水浴びを・・・!」と興奮して喋る私。
すると、まつい先生が「古代の人たちはああいうのを捕まえて食ってたわけですよ」
がーん!!
玉紀先生も「今夜はごちそうだぜ!子ガモは肉がやわらかくてうまい!ってところですねー」とケラケラと。
た、たしかにそうだ・・・。
子ガモかわいい~などと言っていられるのは、日々の食料に困らない文明生活だからこそ。
ショックを受けつつ、現代人の思考からは遠い、古代の狩猟生活のサバイバルっぷりを思ったのでした・・・。

あと、まつい先生が「住むにはこういうところ(水場が近い平地)の方がいいんだよね」とおっしゃってて、なるほど、と思いました。
乾いた小高い丘の上の方が水害にも合わないし、見晴らしも良いし地盤も安定しているけれど、特に水田の農耕生活をするには、いちいち高台から上がったり下りたりするのは不便ですよね。
東京は坂の上に高級住宅街がある(成城、御殿山など)けど、坂はけっこうきついし駅から遠かったりする(ので車生活)。
坂を下ってくると庶民の住む下町があって商店街があって、御用聞きは下の町から坂を上ってお屋敷街に行くんだよな、などと思いを巡らせました。
古代の農耕生活の人々は普段は川のそばの広い平地で暮らし、祭礼や水害の時だけ先祖が祀られた小高い丘に上ったりしてたのかな・・・。