ほしよみ練習帳

永遠の初心者が占いについて思ったり考えたこと、講座受講のレポートなどをつづるおぼえがきノートです。 西洋占星術と算命学をかじっています。がじがじ。

2017年08月

伊達政宗のホロスコープチャート&算命学命式(仙台・松島方位取り旅行おまけ)

仙台・松島吉方位取り?旅行記」のおまけとして、伊達政宗の西洋占星術ホロスコープチャートと、算命学の命式を出してみました。
西洋に興味があった政宗さまとしては、西洋占星術の方がお好みかしら・・・。
chart_伊達政宗

政宗さま、乙女座の男なんですねー。
しかしうお座冥王星&ふたご座海王星&いて座天王星のトリプルコンボ!
このトリプルコンボが寄ってたかっておとめ座土星と手を組み、おとめ座太陽に柔軟宮グランドクロスをかますわけで・・・。
想像するだに大変そうだし、またこれでこそ戦国武将って気もします。

水星&金星はてんびん座。
バランス感覚に長けててセンスがいい、って感じでしょうか。
すごく筆まめで手紙を沢山出していた、そうで、仙台市博物館でもひと部屋使って「伊達政宗の手紙」特集展示がありました。
他国の一揆を政宗が陰で支援していた、と秀吉に訴え出られ、証拠の手紙を突きつけられた時、
「自分の書いた手紙は花押のセキレイの目に針穴を空けている。この手紙の花押には針穴がないからニセモノだ」と言うので、秀吉が過去の政宗の手紙を調べたら、花押にちゃんと穴が空いていた
(一揆の支援が露見した時のために、あらかじめ穴のある花押とない花押を使い分けていた)という話がありますが、これっててんびん座水星っぽいな・・・。(史実かどうか確証はないそうですが)
江戸で亡くなったのですが、死の床にあっても、時の将軍・徳川家光が見舞いに来ると知るや、すぐに床上げして「寝込んでる病人」じゃない状態で将軍を迎えた、というエピソードは、もうてんびん座金星そのもの!!
スタイリストというか、かっこ悪いところを他人に見せたくない、という。

かに座火星とさそり座木星がトライン。
「我が一族郎党団結して、伊達の名と領地を守るために戦う」って感じでしょうか。
金星はてんびん座なので、当世風、流行りの美女がお好みだし、モテそう。
とは言え、戦国武将なんでモテる、モテない以前に結婚はお家存続の手段で、正室から側室までずらっといるんですよね。
この時代の人の恋愛要素を読んでもあまり意味がないかなー、と思いつつも、これが例えば乙女ゲームの対象キャラクターであるとか、二次創作内のキャラクターとしての「政宗」の性質だと考えれば、
「美女がお好みでキレイな側室がいっぱいいるのに、いったん『私(プレイヤー)』または『対象キャラ』に心を寄せたら、一途な愛情かつ嫉妬深いところもあったりして意外な執着を見せる」
とかいうのは、うん、ちょっと萌えますね(笑)

しかしこの時代、おとめ座に天体持ってる人は、もれなく柔軟宮グランドクロスをくらうんですね。
乙女座太陽の私としては「戦国時代に生まれなくて良かった・・・」と心から思います。
(戦乱の荒波にもまれ、すぐに藻屑と化すでしょう・・・)


IMG_20170831_083915
一方、こちらは算命学の命式。
日干は「乙酉」、頭が良くて行動的。
六十干支の講座で習ったところによれば、乙は花、酉は金で金属、花が刃物で切られる生け花の状態、と。
切られても生きようとするようなところがある、そうですが、武将として天下を取れず徳川家に仕えることになっても、それはそれで仙台藩を隆盛させ、陰でこっそり2つ目の城を作り(ブラタモリ情報)、ひそかに徳川家と対戦するシミュレーションもしていたあたり、生け花状態でも生き延び、もしものチャンスを狙う生命力、というのはこじつけ過ぎか?

中心星は車騎星、西にももう1つ車騎星が。
車騎星は軍人の星、勝負ごとに向いている、というあたり、まんまですが、でも車騎星って「社畜体質」とも教わったし、トップではないような・・・?
そこに守備本能の貫索・石門が意志の強さ・独立心としてはたらいてくるのかしら?
水っぽい&土っぽい星はないんですね。
鳳閣星がありますが、料理が趣味だったそうで、自分でいろいろ工夫してた、というあたり、食いしん坊の星・鳳閣にぴったり!

中心星の車騎星は東の貫索を剋し、南の石門を剋し、北の鳳閣に剋される。
ほんとは中心星(自分)が東の星(社会)に剋された方がいいそうですが、なにせ「お館さま」で「お殿様」ですからね!
社会と目下を剋して当たり前でございましょう(平伏)
目上にあたる北の鳳閣星が自分を剋してくるので、これが秀吉や家康にちくちく釘を刺されつつ、弄ばれつつも可愛がられた、というあたりかなー。

十二大従星は天禄、天馳、天馳。
天禄はパワーある感じで納得ですが、天馳2つというのが意外・・・。
(追記・十二大従星の講義ノート読み返したら、「天馳2つ以上は天将星より強いかも?」だそうです!)
料理以外も多趣味で、晩年は趣味で多忙に過ごしていた、というのは天馳星&車騎星っぽいかな。

「独眼竜」というので、てっきり「辰の年、辰の月、辰の日、辰の刻に生まれ・・・」ということかと思ってたら、案に相違して生年月日の干支には1つも辰がありませんでした
(生まれ時間までは調べてないのですが)
Wikipediaによれば、古代中国にいた隻眼の武将の異名が「独眼竜」で、江戸時代後期の儒学者頼山陽が漢詩の中で伊達政宗をこの人になぞらえた、というのが由来らしいです。
死後、かなり後世になってからの呼び名なんですね。



以下蛇足。
算命学の命式を出すのがものすごく大変でした・・・!
生年月日自体はすぐにわかる(新暦と旧暦両方わかる)のですが、まずこれを六十干支に換算するまでがひと苦労。
命式を出せるサイトや萬年暦は明治6年以降にしか対応していません。

年の「丁卯」はネットですぐにわかりましたが、月と日はどうしたらいいのか。
「旧暦 干支」等で検索してみると、こちらのページに行きつきました。
日付を複数の暦で換算できる、大変便利なシステム!
と言いつつ・・・、「ユリウス暦」ってなんだろう?
またもやネット検索、そうかー、西洋にも旧暦と新暦があったのか!
なんと、新暦に切り替わったのがちょうど本能寺の変の年!なんてややこしいことをしてくれたのか!
・・・等等、歴史好き、または暦に詳しい人なら「常識でしょう?」なことがようやく理解できてくる。
(萬年暦が明治6年以降対応というのは、日本がグレゴリウス暦(新暦、現行の暦)を採用してから、ということなんだな!とここで納得)
ユリウス暦、覚えがないのは受験が日本史専攻だったからでしょうか・・・。

しかし、このシステムで出せるのは年と日の干支だけ。
月の十二支は固定されており、西暦の年数で十干が割り出せるので、1567年8月は己酉、のはずだけど、ほんとにそうなのか?
というかこの日は8月とみなしていいのか?新暦だと9月なんだから、9月と考えた方がいいのか?
ひとりで考えてたら訳がわからなくなり、プロの力を借りることに。
近所の公立図書館のレファレンスカウンターで質問したら、すぐにこんな本を持ってきてくれました。

『古代中世暦』
推古天皇元年(593)からグレゴリウス暦に切り替わるまでの、和暦とユリウス暦を対応させたカレンダー一覧。
これで知りたい年月日の干支が分かります!
ステキー!図書館のお姉さんありがとう!!
ようやく「年:丁卯 月:己酉 日:乙酉」にたどり着きました。

とは言え、自力で調べた結果はいまいち信用しきれません。
そもそも旧暦の時代の人なんだから!生まれた月日の干支くらい、公文書に残ってるでしょうよ!!
歴史に詳しくないので、どの本、どの資料を見ればそれが載ってるのか分からない。
ああ、こんなことなら方位取り旅行で仙台市博物館に行った時に、資料室とかで訊いてくれば良かったなー・・・。
・・・結局、仙台市博物館に電話で問い合わせました。
博物館じゃなくて、別のところに回されるかな、とか、資料名さえ教えてもらえれば、こっちの図書館で調べて・・・、とか思ってたのですが、電話に出たお姉さんがすぐ「伊達政宗に詳しい学芸員」に回してくれ、学芸員の人(こちらも女性でした)がすぐに資料を調べてくれ、そこに記載されてる生年月日の干支はやはり「年:丁卯 月:己酉 日:乙酉」であることが分かりました。
すごく親切でスムーズな対応でありがたかったです。
無料で聞いちゃって申し訳ない。

そして、さあ!算命学講座で習ったやり方で陰占出すぜ!と意気込んだら、「旧暦の8月→9月の切り替わり日を求める」必要があり、結局再度図書館へ行き、『古代中世暦』借りてきました・・・。
そこから先は手計算なので、自分のやり方が間違っていないことを祈るのみです。
間違いがあったらこっそりコメントでお知らせくださいませ・・・。

もうこの『古代中世暦』買おうかしら、でも明治6年以前の人の命式出す機会とかそうそうないだろうしなー、と思いながらウラナイトナカイの講座のお知らせをぼんやり眺めていたら。
9月に「戦国武将のホロスコープチャートを読む講座」があるそうです・・・!
なんというシンクロニシティ。



そして更に蛇足。
「【換暦】暦変換ツール」にたどり着いたのは、『戦国BASARA』のとあるファンサイトに主要キャラである戦国武将たちの生年月日&命日を一覧にしてるページがあり、「こちらで算出」とリンクされていたからでした。
真田幸村、伊達政宗と言ったいわゆる有名どころ、メインキャラから、脇役的なキャラまで調べ上げてずらっと列記。
何故に?というと、「お誕生日記念、または命日に二次創作(絵、小説)を発表する際の参考に・・・」と。
やっぱり分からないことを調べるにあたっての強力な原動力は、愛、あるいは萌えだなあ!と痛感しました。
玉堂的な「知る喜び」とかももちろんあるんですけど、やっぱり愛の力、「萌え」の生命力(または性的)エネルギーにはかなわないよ・・・。



参考にしたサイト(大変お世話になりました!)
Wikipedia 干支
Wikipedia 伊達政宗
【換暦】暦変換ツール
こよみのページ
その他 暦の情報ページ、戦国時代ファンサイト

結局、土星の手のひらのうえ

前回、「獅子座の日蝕と獅子座の土星」という記事を書きました。
獅子座日蝕は8/22の早朝だったそうなので、22日の夜には記事をあげようと思っていたのですが、なんだかだらだら遅くなってしまい、25日の夜に。
タイミングずれちゃったなあ・・・、と思いながら、26日になってネット徘徊してたら。
「本日(8/26)から射手座土星が順行に」なった、と!
それでかー、それでこのタイミングで土星の話を書いたのかー、と腑に落ちました。

今は射手座にいる土星ですが、12月には次の山羊座に入るとのこと。
maru先生勉強会に出た時にも「自分を見つめ直して、来たるべき実力重視の山羊座土星に備えておく」って話があったけれど、とうとうその時がやってきます。
土星にとって山羊座はホーム。
出張(転勤かな?)で他の11支店を回ってきたやり手ビジネスマンの土星おじさまが、久々に山羊座本社に復帰して、本領発揮!!という感じでしょうか。
(冥王星は閣下で、土星はおじさまって気がする・・・)
本社に返り咲いたら、とたんに厳しい引き締めとか、効率化重視の施策を繰り出してきそうで、戦々恐々としております。



雨森亜子先生のブログ(「あけたり しめたり」)を愛読しているのですが、射手座土星順行についての記事があがっています。
ラストスパート!いて座土星
こちらの記事を読むと、
山羊座土星の季節のために←獅子座新月(日蝕)←太陽乙女座で自分のたなおろし って流れがほんとよくできてるシステムだ、と理解できます。
所詮、そのおおきな流れの中の、土星の手のひらの上で転がされてるんだなー、と思いました。

あと、ほんと土星からは逃げられないんだ、と痛感しました。
土星に認めてもらうには、地道な努力と積み重ね、ですね。
うう(泣)めんどくさい&怖いけど腹をくくらねば・・・。
乙女座木星直前イベントのインナーチャイルドカードでも「腹をくくらねば!」って言ってたけど、あれから2年、ぜんぜんできてません・苦笑)

獅子座の日蝕&獅子座の土星

22日は日蝕だったそうです。
獅子座の日蝕、というといろいろ影響が凄そうな印象ですが、個人的には特に感ずるところがなかったなー。
8/22の天体と私のホロスコープチャート二重円も出してみたのですが、私の個人天体に目立ったアスペクトはできてなかったので、そのせいでしょうか。(←鈍いだけか?)

とは言え、ここ数カ月つらつら(だらだら?)考えていた、「今の職場に対するもやもや」から一歩進み、「来年度は違う職場に行こう」という決心がつきました。
「はじめての場所」がいつも怖くて胃を痛くするけれど、慣れてくると次のところに行きたくなる。
因果な性格です。

私は獅子座に土星があります。
(度数は獅子座の真ん中あたりなので、今回の日蝕の太陽の度数とは重なりません)
8ハウスにある土星で、8ハウス自体は蟹座、直接仕事に影響がありそうな感じではありませんが。
まあ獅子座土星なので「人から注目されることが苦手」「誉められたいけど目立ちたくない」「自意識過剰」「自分ができない分、人前や舞台で堂々とふるまえる人を嫉妬」等々のこまった性質が。
「ばっちり仕事をこなして賞賛される」とか、憧れつつもできない。

でも土星なので、立ち向かわないと、土星の年齢域(55~70歳過)になってから、獅子座土星が変なかたちで発動して、「時流に合った仕事や働き方で、いきいきと活躍する若人をねたみ、いらんケチつける困った年配者」になってしまいそうです!!
それはいかん。
老害まっしぐらにならないためにも、ここで頑張って「自分の働き方」を固めておかないと。
そう思ってても大変だなー、しんどそうだなーと腰が引けちゃうのも事実ですが、ここがふんばりどころということで。

仙台・松島吉方位取り?旅行記 ④2日目 松島(端厳寺&宝物殿・観瀾亭&松島博物館)

次は伊達家の菩提寺・端厳寺へ。
参道の並木道を歩いていたら、前のグループに付いてたお寺のガイドさん(入り口で別料金で頼める)が「3.11の時は津波がここまで来ました!」と案内してました。
観光してる分にはほとんど地震の影響は感じられなかったのですが、瑞巌寺もあちこち補修して、ようやく本堂が公開されるようになったんですよね・・・。
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瑞巌寺も桃山様式で、装飾が多くて見てて楽しいです。
柱のところの象がお気に入り。

端厳寺の宝物殿も面白かった。
単にお寺の収蔵品を展示するだけでなく、東北での仏教の歴史なども解説されて、博物館のようでした。
伊達政宗という人は「仙台藩の開祖」として、後代の藩主たちの信仰めいた敬愛の対象であったようです。
そんな敬愛っぷりの分かる政宗像などが展示されていました。

端厳寺の後に行った観瀾亭は、他のお客さんが誰もいないというタイミングの良さ!!
貸し切り状態で、絶景と抹茶とずんだもちを楽しめました。
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いい天気で良い眺めでした~。
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建物自体は伏見桃山城の中にあった茶室を江戸の伊達藩亭に移築、更に、江戸から松島に移築されたという、由緒と謂われのあるもの。
茶室というにはいささか広すぎる&襖絵などの豪華すぎる様子に、(これはきっと秀吉のシュミだな・・・、千利休の好みとはほど遠いよな・・・)とつくづく思う。
日曜も天気が良く、日なたは暑いのですが、観瀾亭の座敷に座っていると海からの風で肌寒く感じるほどでした。

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お抹茶でひと息ついたら、ちょうど他のお客さんも増えてきたので、観瀾亭の裏手にある松島博物館へ。
土蔵を改装したのかな?というこじんまりしたつくりで、「個人のコレクション展示してみました」って感じ、かつレトロなのですが、それがまた雰囲気あって良かったです。
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何故か、地元の松島中学校の職員・生徒が作成した松島の立体模型図が展示してあり、しかもそれがなかなかの出来ばえ&床をくりぬいて展示してある凝ったもので、思わずじっくり眺めてしまいました・・・。
(「1958年に松島中学校の職員・生徒が作成した正確な5000分の1の空から見た松島の立体模型」だそうです。あの完成度の高さは、大人が中心で作ったんじゃ・・・)

松島観光も一段落したので、帰りますか、と仙石線で仙台へ。
駅ビルを回ってお土産を購入して、新幹線で帰京。
1泊2日、充実の旅でした。



「吉方位取り」というには、湧き水見逃したり神社行かなかったり、いろいろ至らなかった感がありますが、楽しめました。
しかし帰京後、体調を崩してダウン・・・
以前も「吉方位取り」で日帰り温泉行ったら、その後風邪をこじらせて寝込んだこともあり。
デトックス効果で、まず身体の中の悪いものが出ちゃうのかなー(苦笑)
私は「吉方位取り」する前に、心身の基礎を整えることが必要なのかもしれません。

(2017.8.31追記
おまけとして、伊達政宗のホロスコープチャート&算命学の命式を読んでみました。 )

仙台・松島吉方位取り?旅行記 ③2日目 松島(福浦島・松島湾クルージング・五大堂)

2日目の観光は福浦島散策からスタート。
ホテルのベランダから見えていた、海上の赤い橋を渡って歩いて行ける島です。
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何があるのか?と思ったら、特になんにもない島でした。
島内をぐるりと巡る散策路がある程度。
しかしその何もなさが妙によかった。
自然の中をお散歩しました。

遊覧船の出発時刻に合わせて福浦島から戻り、今後は松島湾内をクルージング。
以前松島に来た時は岸から沖を眺める程度でしたが、今回は遊覧船に乗って外海の方まで島や岩の間をぬって見物。
船乗るのって楽しいですね!
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すごい早さで船についてくるカモメを観察したり(昔はえさをやれたようですが今は禁止)、奇岩がいっぱい見れておもしろかったです。
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積層のしましまと、波に削られた造形が点在する湾内。
こんな光景を初めて見たら、そりゃあびっくりするだろうな、絶景と言われたわけだよな、と。
現代みたいに写真やWebで(現実よりも?)きれいな画像が見れるわけでもない昔、「変わった風景があるらしい」と本や伝承で聞いて、想像をふくらませて、はるばるやってきて実際にその景色を見た時の、感動、あるいは衝撃はいかばかりだったんでしょうか。

そのまま船で鹽竈神社のある塩釜港まで行くコースもあって、吉方位取りとしては神社に行くべきだったのでは・・・、と後で反省しました。
あと、政宗の孫の菩提寺である円通院にはバラ園があるそうです!
支倉常長が西洋から持ち帰った薔薇の花が厨子に描かれてる、という縁からだそうな。
東京に戻ってきてから知り、5月だったら薔薇の花の盛りなのでは・・・、行ってみれば良かった!
まあ、また次の機会に(何回、仙台・松島行く気なのか)。
ちなみに円通院のHPを見ていたら、厨子にはトランプの4スート(ハート・ダイヤ・クローバー・スペード)が描かれてる、という伝承もあるそうな。
タロットカード的な意味でも興味惹かれますね・・・。

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お昼は松島名物・カキを食べよう、とカキフライ(でも松島産のカキではないようでした・・・)。

次は「五大堂」へ。
東北で初めて作られた桃山様式の建築物と言われ、優美な装飾が華やかな一方、それらが彩色されず、建物全体が白木のままで簡素なイメージ、というのが妙にアンバランスで、華美になりすぎなくて魅力的なのです。
五大堂の外壁上部に飾られている十二支の彫刻が好きなので、また見れて嬉しい。
十二支の動物それぞれが花(植物)モチーフと組み合わされていて、それもまた華やかさが。
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今年は酉年なのでニワトリを。一緒のモチーフは菊の花かな?
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(卯は波、など一部例外あり。兎と白波の組み合わせがお約束なのはなぜでしょうね。因幡の白兎の逸話から?と思ったけど、あれは日本神話・・・。まあ神仏習合?)
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個人的にはヘビと蔦の葉、という組み合わせが好きです。
あまり装飾に使われないヘビだけど、ここの彫刻のヘビはどことなくアールヌーボーチック(蔦だから?)。
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「酉年・巳月・丑の方角」の三合吉方位取り旅行なので、丑の画像も。
丑と梅、は菅原道真公のエピソードからかな?(これも神道、というか道教か)
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子ではなく午がお堂の正面になっていて、(なぜ?)と思ったけど、考えてみれば午は「極まる」頂点なので、正面でもいいのかも(時計もお昼=12時=午が一番上ですもんね)。
扁額のウラなので写真が撮りにくかったのが残念。
プロフィール

あかつきと読みます。西洋占星術歴約7年、太陽乙女座、月双子座、天秤座に天体多め。算命学では玉堂星中心、戌亥天中殺。
占いの勉強や講座レポートなどを書いています。

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